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Jan 17, 2006

阪神淡路大震災から11年

その頃、私は夫と共に東日本の小さな街に住んでいた。
朝6時45分、何気につけたTVに映ったのは「神戸で震度6」の文字と崩壊した伊丹駅と阪神高速。伊丹の隣には私の実家がある。体が震えた。
次の瞬間電話機に飛びついた。祈るような思いでかけた電話は奇跡的に通じた。
「家具は倒れたけど、皆無事だから。心配するな。」
落ち着いた兄の声に安堵した。

その夜。私宛に一本の電話がかかってきた。
かけてきたのは東京の某外資系企業に勤める夫の友人。
私に対し丁寧にお見舞いの言葉をくださった後、彼はこう切り出した。
「何かしら被災地の情報をご存知なら教えていただけないですか。」
と。
聞けば、その方の会社は震災に遭った顧客企業のため午後一番に神戸へヘリを飛ばしたという。しかし伊丹空港は閉鎖、やむなく八尾空港に降りたものの道路も鉄道も封鎖状態で身動きがとれない。そのため東京にいる社員総出で現地の情報をかき集めているのだと。
残念ながら私の手元には何の情報もないことを説明した。
その方は「わかりました。お取り込み中のところ申し訳ありません。とにかくご家族がご無事で何よりです。余震も続きますのでお気を付けくださいとお伝えください。」
と丁寧におっしゃって電話を切られた。
その間、TVでは政治家達が現地へ飛ぶこともなく会議をしていると報道が流れていた。

あの地震から今日で11年。
ご家族を失った方々の心の傷は今も癒えてはいないのでしょうね。
改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

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